【とある日のモノローグ #42】人にされて初めて気づく
更新日 : 2026年3月1日
オーストラリアでの生活も少しずつ慣れてきたかな、なんて思っていた矢先、めちゃくちゃよくある問題に直面しています。
それは、ルームメイトとの人間関係。
なんだか最近、避けられているような気がするんですよね。僕がリビングに行くとスッと自室に戻ったり、目が合ってもどこか余所余所しかったり。
「あれ、僕何かしたっけな、、」と、慣れない英語での生活も相まって、
ここ数日は心に薄暗いモヤがかかったような、なんとも言えない窮屈な思いをしていました。
でも、そうやって相手の顔色を伺いながらモヤモヤしているうちに、ふと思い出したんです。
日本にいた頃、僕も同じように「人を避けていた」時期があったなって。
人間関係が面倒になったり、自分の余裕がなくなったりすると、向き合うのが怖くて、あえて距離を置いて、壁を作って、相手をシャットアウトしてしまう。あの時の自分も、きっと今のルームメイトと同じような空気を出していたんだろうな、って。
人を避けるのって、ある意味で自分を守るための防衛本能なのかもしれないけれど、避けられている側からすると、拒絶されたような、存在を否定されたような、言葉で攻撃されるよりもずっとキツい痛みを感じるんですよね。単純に僕の考えすぎではあると思う。けどやっぱりなんとなくわかるようなものだよね。
そんな過去の自分を棚に上げて、今の状況に凹んでいる自分に気づいた時、
「ああ、やっぱりキツくても、ちゃんと対面することって重要なんだな」と痛感しました。
「何か気に障ることした?」って聞くのも、笑顔で「Good morning!」って言い続けるのも、
今の僕にとっては、解剖学の暗記よりもずっとエネルギーを使う作業です(笑)。
でも、このまま逃げ続けていても、このモヤモヤした空気は絶対に晴れない。
相手をコントロールすることはできないけれど、「僕は逃げずに、あなたと向き合う意思があるよ」という姿勢を見せること。それが、お互いのアイデンティティを尊重する第一歩なんだろうなって、南半球の静かな部屋で一人、反省も含めて考えていました。
(偉そうに「対面が大事」なんて書いていますが、、実を言うとさっきもキッチンで彼と鉢合わせそうになって、反射的に靴紐を結び直すフリをしてやり過ごそうとしてしまいました。僕の修行はまだまだ先が長そうです、、笑)
受験生の皆さんも、結果待ちのこの時期、親御さんや友達との距離感に悩んでいる人がいるかもしれません。気まずい時こそ、あえて目を合わせてみる。一言だけ、挨拶をしてみる。その小さな勇気が、意外と自分自身の心を救ってくれたりするものです。
明日は月曜日。
また新しい一週間が始まりますが、僕は僕なりに、逃げずに「Good morning!」を投下してこようと思います。皆さんも、穏やかで前向きな一週間になりますように。
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