クルド人の歴史【世界史】
更新日 : 2025年10月9日

クルド人の歴史を、大きな流れに沿って整理します。
起源と古代
- クルド人は中東の山岳地帯(現在のトルコ東部・イラン西部・イラク北部・シリア北部)に暮らす民族で、印欧語族のクルド語を話します。
- 古代のメディア人(紀元前7世紀にアッシリアを滅ぼした民族)の末裔とされることが多く、古代から山岳地帯に独自の共同体を形成してきました。
イスラム化と中世
- 7世紀のイスラム拡大でイスラム教徒となり、以後はスンニ派が多数派。
- 中世にはセルジューク朝・オスマン帝国・サファヴィー朝など大国に支配され、しばしば国境地帯の傭兵・部族勢力として利用されました。
- 有名な人物として、12世紀のサラーフッディーン(サラディン)がいます。彼はクルド人で、アイユーブ朝を建て、十字軍と戦いました。
近代:オスマン帝国と列強の狭間
- 16世紀以降、クルド人はオスマン帝国とペルシア(イラン)の境界地域に暮らし、両国に分断されました。
- 19世紀には民族意識が芽生え、自治や独立運動が活発化。
20世紀:国家建設の挫折
- 第一次世界大戦後、オスマン帝国が崩壊。1920年のセーヴル条約では「クルド人国家」設立の可能性が盛り込まれました。
- しかし1923年のローザンヌ条約で撤回され、クルド人地域はトルコ・イラン・イラク・シリアに分割されました。
- その結果、「国家を持たない最大の民族」と呼ばれるようになります。
各国でのクルド人運動
- トルコ:同化政策(クルド語禁止など)が行われ、1980年代以降はクルディスタン労働者党(PKK)が武装闘争を展開。
- イラク:バアス党政権下で弾圧。1988年のハラブジャ毒ガス攻撃では数千人が犠牲に。湾岸戦争後、北部に「クルド自治区」が成立。2003年のイラク戦争後、イラク憲法で「クルディスタン地域政府(KRG)」が承認され、実質的自治を獲得。
- イラン:繰り返し反乱を起こすが弾圧され、限定的な自治権のみ。
- シリア:長らく権利を制限されていたが、内戦後は「ロジャヴァ」と呼ばれる自治的な地域を確立。
現代
- クルド人は推定3,000万~4,000万人。
- 国際的に承認された独立国家は持たないが、イラク北部の自治政府(KRG)やシリア北部の自治政権は強い影響力を持っています。
- 対ISIS戦争ではクルド武装勢力(ペシュメルガ、シリア民主軍など)が重要な役割を果たしました。
- しかし、周辺国(特にトルコ)はクルドの独立や拡大を強く警戒しており、独立国家樹立は難しい状況が続いています。
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